雑感

”貧乏な友人ともう一緒に遊べない”なんてもったいない

2017年3月29日

お金

はてな匿名ダイアリーで「貧乏な友人ともう一緒に遊べない」という記事が話題になっているらしいので少し読んでみました。

要約すると以下のような感じです。

大学時代の友人に会う。
大学時代はお互い貧乏で、卒業から5年たった。
当人(おそらく女性)は正社員、友人(女性)は派遣社員。
給与はおよそ2倍差。彼女は満足そう。
しかし、一緒に遊んで思った。
金銭感覚が違いすぎるので、友人とは昔と同じ感覚で遊べない。

しかし、この手の記事って定期的に繰り返されていますよね。少し収入が良くなった人が陥るプチ富裕層意識(笑)私も全く心当たりがないわけではなく、人の事をそれほど言える立場でもないんですが・・・。

人は比較するものだが

人は比較なしには生きていけない生き物ですので、こういう思考となるのも充分頷けます。大学卒業して5年といえば、27、8ってところですかね。ちょうど仕事も覚えてきて、評価されるようになると自信もついてきて収入も上がってくる。

それに対して昔の友人は自分の収入の半分。昔の友人との比較って、自分の成長を感じるのにもってこいなんですよね。

でも、こういう身近な人との比較で陥りやすい罠が井の中の蛙になってしまう事です。文面からすると、投稿者の年収は500〜700といったところでしょうか。年齢からすると充分な収入だと思いますが、べらぼうに高いという訳でもないと思います。

住む世界が変わったのだ

記事中で面白い一文がありました。

「住む世界が変わったのだ」

すごい文言が出てきました(笑

補足しておくと、投稿者と友人の価値観のズレはカフェの値段や、ユニクロか少し値段の張った服屋かなどで発生しているようです。

言ってみれば、数百円〜数千円の金銭感覚のズレです。

なんか微笑ましいです。今まで仕事を頑張ってきたし、収入も人並み以上に得られるようになった。そんな自分を誇らしく思っているんだなと。決して馬鹿にしているとかではないですよ。マジで。

住む世界なんてそう変わらない

この投稿者は金銭感覚のズレがある相手とは友人関係は続けられないと言っていますが、人間関係ってそんなに単純なものじゃないと思うんですけどね。

友人って経済的な価値観の前に性格や趣味、背景とかその人の持っているありとあらゆる要素が自分とシンクロするから繋がっているはずです。

”こいつとは話が合う”、”趣味でずっと繋がっている”みたいな感じで、そこに収入の差が出てきてもお互いに譲歩して同じ時間を共有する事ってそんなに難しい事じゃないと思います。

私は低収入で年金の免除申請出してる友人と普通に飯食いに行きます。そん時も「俺が払うわ」の一言で済ませています。

もしかすると相手はプライド傷ついてるかもしれませんが、私からすると収入が多い自分が払ってるだけで大した意味なんてないです。そんな高い店でもないですし、その友人と過ごす時間はプライスレスですから。

ぶっちゃけ年収が1000万以下での収入が高い低いなんて、大差ないですからね。シングルマザーで子供の養育費に困っているような本当の貧困世帯は別ですが、ここで出てきているような着る・食べる・住むが最低限できている同士での生活の差なんてたかがしれています。

ちょっといいところに住んだり、良いものを食べたり、着たりできるだけですよ。プラスアルファで趣味にお金が使えたり。この程度の年収差では劇的に何かが変わることなんてないです。

ましてや住む世界が違うからといって、友人との関係を断つなんてもったいないです。もっともそれが”本当の友人”であればですが。

収入の差が数百万以内であれば、住む世界なんてそう変わらないと思いますけどね。でも、私は男なんで男女ではその辺の意識がまた違うのかもしれません。

私は年収300万から3倍以上になりましたが、これが正直な実感です。

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